エッセイ・・(1)
2002年12月27日投稿・・
ずいぶん久しぶりにたーちゃんのお喋りの原稿を書いています。この二ヶ月間にいろんなことが
ありました。もう何から書けばいいのか頭の整理がつきません。そう、この二ヶ月はこのページの
製作者の岡本正尹画伯が大作の製作にかかっておられたから。私も此の際、のんびりさせてもらって、よかったです。
 
その間に私のほうもいろんなことがありました。うれしい事も、つらいこともいっぱいでした・・・。 悲喜こもごも・・・でした。
 
長年体調もすぐれなくて、ひきこもっていたおとうさんでした。 だんだんと食事も人並みに出来るようになってきたから、少しづつ自信もついてきて、心も外に向いてきたのでした。

大手術の後、自分はもう死ぬんだと思っていたと今頃になって言いました。元気になってきたから、
そのまますぐ前の生活にすう〜っと戻れるのならいいのですが、人間の心ってこんなに曼荼羅を通るのかって思うくらいに・・・いいことも、悪い事も、 もういろんなことを体験して、味わったわけでした。だれでもいいことばっかりあればいいのですが、その裏にはまた反対の悪いと言うか、 隠れていたいろんな思いがこんなにあったのかと見せて貰ったと思います。
 
陰と陽っていうのでしょう・・? 裏と表、明るいと暗い、光と影の世界でした。
このマイナスのほうの部分を・・・ 夫婦でもういっぱい、いっぱい、もう、もう、いっぱ〜ぁ〜い通って見て、聞いて、感じて、味わって、体験して、その道を通してもらっていたのだと・・・今やっとそんな風に思えるように・・・すこし、なってきたのかなーって思っています。
 
サラリーマンの主婦って、(亭主は元気で留守が良い!!)って、とってもお気楽にすごさせてもらってきたから・・・、定年になって、毎日が日曜日になって、家で二人で過ごすって・・・。
誰でも いい年になってる上に、だんなさまの食事ほか、いっぱい手もかかるし・・・。
気楽にきたから、やっと楽をしたいってだれでもおもうから、この道はどないしよう!! 状態だったのです。健康な人でさえ・・いろいろバランスが崩れるのです。
 
私の場合は・・・その上に、亭主さまが、大手術のおまけつきで・・・ぬれ落ち葉どころか・・、もうおんぶにだっこのあかちゃん状態だったから・・本当は逃げ出したいっても思いました。
 
でもほんとはここまできたのは・・・このおとうちゃんのおかげだからって・・・。
いままで、手抜きをしたり、逃げて後回しにしていたことがこんなにもあったの???と。
 
ほんとうは 人間って、錯覚ばっかしなんだと思ったのです。良いことと、悪いことって、もしかしたら、表裏一体で・・・。まったく反対かもしれないなって思うことばっかりあったのです。 こんなに哀しい、つらい、苦しいことを通らないと真実も見えなくて分からなかったのね。っておもう。
 
ちょっと、ええかっこ、言えば・・・、右のほほ打たれたら、左も打たれよ。っていうイエスの言葉だけど・・・。
 
  このダブルパンチを食らわないと、人間の条件というか、運命の数字が変わらないってことを・・・思ったのです。そうなのよね・・・。 この道は・・・いつかきた道・・・って。
きっと、おんなじことを何度も、何度も、繰り返して・・・。 やったり、やられたりしながらすこしづつ学んできたのでしょうか。
 
それで・・・そうよ、もうなんでも自分の分だけは逃げないで、もう誰のせいにもせんと、 頑張ろう!! 自分の代わりをだーれもしてくれないから!!
 
それに、フレンドシップです。どんなにいっぱい授かってきて、応援もいっぱいもらって助けてもらってきたことでしょうか・・・。
 
おとうさんのほうが、本当に可哀相です。若い頃は妻子のためにもいっぱい、イヤナ仕事も涙をのんで我慢もいっぱいしてきてくれたでしょうに・・・。
 
こうして定年になったら、もう誰にも頭も下げずに、我が思いのままに、楽にしたいことをしようって思って、必死に働いてきたでしょうに・・・。 俺のほうがどないしてくれるんだ!!って。
 
結婚した時は、若くて、足りなくてもう自分の事ばっかり思って生きてきたけど・・・この年になって、この主人が、 もし自分の息子だと思ったら・・・?
 
(ほんとに、ものすごーいえらいよなあ・・。おとうさん、どんなにようがんばってきたの!!)って・・・。(わたしもいっぱいがんばってきたけど・・・て。) 夫婦って・・相方に欲張ってばかりで・・いやよね。
 
このごろ、感動する歌。 ビートルズの、
The long and winding road♪ that leads to your door!!
 
ほんとです。これだけながい、ぐるぐるまわしの道を通ってきたら、だれでも、神様のドアをたたきたくなるって、そのとおりだと思った・・・。(ダブルパンチが、神様の愛なのよね。)
あと・・いくつ??まだまだ・・ですか?? ってこのごろいっつも思っている・・・。
 
先月から、長年ずう〜っといっしょに働いてきたお父さんの仕事仲間の近しい人たちが、優しくアレンジしてくださって、お会いしたり、 会食をしていただいたりする機会をなんどもいただきました。東京にも寄せてもらって・・長年ご一緒にくろうしてきた男の仕事社会の仲間の人達が暖かく迎えてくださって、皆様の優しい暖かい言葉や、お歌に、万歳三唱までもいただいて面映い気持ちでいっぱいでした。・・・。おとうさんはとても嬉しそうでした。
 
純情、不器用で、頑固一徹なおとうさんが、こうして皆様に支えてもらって、お仕事させてもらってきたのだと、チームワークの男社会の暖かさを見せてもらって涙があふれて感動しました。
家にいると、こんなにわがままで自分勝手(笑)なお父さんが・・・。こんなに暖かく優しく、皆さんに迎えていただいて・・・。ありがたくてなりませんでした。おとうさんのこと・・・。けなしてばかりいて申し訳ない思いがしました。(ほんきでけなすわけじゃないのだけど・・ぅ)
 
でも、でも、まだまだ・・アンバランスがいっぱい、いっぱいなのです。かっこよく、スカッといかないです。なさけない、 ブサイク、グチャグチャ、ビチョビチョ、ドロドロ道です・・・。でも、人間ってそうなのですよね・・・。生きて行くって、生老病死の苦しみと真向かうことなのですよね。
 
そんなにさっぱり、すっきりときれいにいかないのね・・・。
もっと、もっと、ゆっくり、もっともっとやさしく、もっともっとおおらかに・・・。なのよね。
天が下のすべてのものには、時がある・・・。

いちばんおおきな錯覚は・・・こうして、この道を通してもらっていくうちに、私の欲張りこころをいっぱいいっぱい、ほどいてもらってきたのだと思えてきました。
 
これだけ通ってきたら、もうあんまり心配しなくてもいいんだ。怖がらなくてもいいんだ。
大丈夫よ!! おてんとさまがやさしくじいっとみてくださってるから・・・。
なんとかなるのよ・・。だいじょうぶだ!! と思えてきました。 欲張らないで・・・。
そのうちもっと、もっと、飄々と・・・軽やかな心になってきたら・・・いいなあ・・・。
 
ここまでくるのに、どれだけみなさんに助けてもらってきた事でしょうか。おかげさまで、やっと、やっと、曲がりくねったぐちゃぐちゃ道から、なんとかすう〜っとほそ〜い抜け道をみつけだしてきたのかなあ〜って・・・思えてきました。
 
そういえばこのごろ、虹をよく見せてもらうのです。
このあいだお父さんと、まこちゃんと三人で有馬温泉に行ってきました。芦有道路を通って有馬にいく山道で、紅葉の山にかかる美しい虹を見ました。虹ってだいすきです。
 
(ほうら・・・いいのが来たでしょう、たーちゃん!!) って見せて貰ったようにも思えました。
まこちゃんと三人で、あのときのようにおいしい懐石料理をおとうさんも全部いただけて、まこちゃんがびっくりしてくれました。あのときの金泉温泉にも入って、三人でたのしくカラオケもして・・・。翌日ばあばの帰り時間に間に合うように帰って来ました。
 
このごろとっても食いしん坊になったお父さんにまこちゃんがやさしく付き合ってくれたのでした。
 
そういえば・・・有馬温泉でばあばの米寿のお祝いをした時に、ごっしゃんが、どんなに
やさしく喜んでくれていたでしょうか。 あれこれといろいろ思い出しました。
 
夏に他界したごっしゃんと、お父さんとは仲のよい義兄弟でした。 KGアメフトの勇者で強くて憧れていたので、きっと恋しくて、寂しかったでしょう。  でも、ごっしゃんもきっとおもっていてくれてるよ・・・。 (なかがわさんも 勇者ですよ、ほんまに強い人やで!! これからもずっと応援していますよ。)って・・・。

皆さんのよい気をいっぱいいただいて、これからも頑張りたいって思います。
 
クリスマスもお正月も・・なんとか年を越すだけで、せいいっぱいの私達ですが、母も機嫌よくて元気です。こどもたちもお正月には帰ってきます。

来年がもっといい年になりますように・・・。ことしもいっぱいいっぱい。ありがとうございました。
2002年11月06日投稿・・
11月1日 めづらしくおついたちが雨です。
1が三本たつ日で、三本の御柱が立つ日だから、この日は日本神道では大切な日だと、にんげんもこの日に自分の心に宮柱の太いのを立てて、 神様ごころをしっかり中に入れて!って、
昔ある宮司さまから教わったことがあります。

ホームページを開いてもらって、一ヶ月があっという間に過ぎました。主人と
雨の中、三輪山に行って参りました。なんかこんなにホッコリとした気分で二人で
おまいりするのは初めてのような気がしました。 道中昔話をしたり、懐かしい
人の思い出話を聞いたり・・・。

そういえば、きょうは石神神宮、も大神神社もどちらもおみくじ大吉だったな・・・。 うれしかった。

来週二泊三日で、主人と東京に行ってくることになりました。もう四年も前に・・
長男の結婚式にでてもらったごえんの人たちに、自分が出られなくなって失礼をしたのに、遠路お越しくださって、ありがたかった。  そのことのおわびとお礼にってずっとずう〜っとおもっていたのです。いろんなことが病気で中途挫折してしまって、申し訳なくって・・・。 男の人って、純情無垢のところがいっぱいあって、端折れないのでしょうね。主人の昔からのこころを思えばそりゃそうでしょうと思いました。いっつもこころにひっかかりがあったのですが、このたび一番のご縁の深い恩人が、労を引き受けてくださって、東京での昔からのご縁の深い人たちを集めてもらって、夕食会をしましょうということになりました・・・。

すこし元気になってきた主人を囲む会を準備してくださったのです。東京にいる次男も喜んで出席させてもらうって・・・。

帰る日のお昼には またそれとは別に数名でお昼をご一緒にしましょうって・・・。 昔の先輩大恩人たち、仲間で、厳しいビジネスの世界でご一緒に苦労してきたかたがたのこうした暖かいお誘いに、主人も殊の外喜んでいます。病気になっていっぱい迷惑をかけてきたのに、こうして暖かく喜んでくださって・・・感激します。
まだときどき戻して食べられないときがあるから、 もし、食べられないようだったら許してや!って言うのを横で聞きながら、(大丈夫かなあ・・・?)と、今まで、いっぱいアンバランスがあって、女房としては、気にばっかりしていたのですが、もうその上に神様がしっかり見てくださってもいるからと、アンマリ心配ばっかりしないで、此の際笑って、勇気を出して行ってこよう!! と思ったのです。

そのほうが、主人の方もちょっとづつ お友だちから癒されて、なんでもステップバイステップなのだし、だれでもみんなどこかでとおるのだから、世間体など、な〜んも恥かしがらずに、なんでもあるがままでよろこんでいただいたら、それがまたおとうさんに愛と勇気とまごころを授かって、エネルギーも授かるのかと思いました。

ちかくのJRの駅に行って、のぞみの切符を買ってきました。 当時主人が常宿にしていたホテルも予約してもらって、準備も整ってきました。 勇気を出して二人でボチボチと行って来ます。

やっぱり人間は、人の間で生きて行くものだってある人が教えてくれました。

あれから、六年半が経ちました。最初の手術から10年です。 
真っ暗闇のどつぼにはまり込んで、どんなにくるしんで来た事でしょう。 ようやくここまで這い上がってきたものの、毎日が日曜日で リズムもペースもこの間にすっかりちがってしまったので、東京ビジネス中心街に行くって、二人ともなんか浦島太郎のような心境なのです。

とっても近しい人だったお一人が今、かっての主人のような状態になって、誰にもお会いしたくない
って・・・聞きました。どんなにおつらい状態であるか、体験したからよくわかります。こわくて、こわくて・・・どうなることかって・・・怒りに悲しみにずっとずっと真っ暗闇だったころのことです。

そんなわたしたちが、今むかしの友にあう嬉しさ、喜び、それに気恥かしさとで、ドキドキその日が来るのをまっているのですが、なんでもそのときがくるまでには、時間ってかかるのですね・・・!!
いまか、いまかとあせっていた日々のことを思い出します。いづれこの珍道中のお話はまた・・・
くわしく・・・ させて下さいね。取り急ぎの近況までに・・・。

追伸です・・・。
11月1日、三輪山の松の馬場の鳥居のところの掲示板にかかれていました。
まうでくる 人の心もうつるまで 廣前きよく てるかがみかな  昭憲皇太后おうた
2002年10月30日投稿・・
10月27日 曇り時々晴れ (袖ふる縁も他生の縁)って言葉が大好きです。 どんな縁でもなにか自分とどこかの生でご縁で繋がっていたのでしょうと、信じているのです。この年になると、嫌な縁が来た時は、きっと私もどこかの生でこれに似た逆のことをしたのだから・・・、こんなことが来るのも当たり前かなあ・・・、しゃあないなあ・・・って思うのです。こんなの、理不尽だって思う位につらい事もいっぱいありますが、逆にどうしてなん??こんな嬉しいご縁ってあるのやなあ・・・!! ってびっくりすることがあります。今日もそんな一日だったのです。
今年の二月に讀賣新聞にたーちゃんのホームページをとりあげてもらった時に、その日のうちに、
(もしかして、あのたかこさん?)っていうメールをいただいたのでした。それが、昔大阪万博の時に
一緒に働いていた恵子さんのだんな様からでした。パソコンをしない奥様に代わって、だんな様がメールをくださったのでした。そのときから、ずっと楽しいメールのやりとりが続いていたのです。
このだんな様が、ホームページ再開記念にご自宅のお庭で、バーベキューをしましょうって、
良い日を選んでくださいっていう内容なのですが、もうとっても愉快な楽しいメールをいただいた
のでした。それもご自分で採ってこられた天然のあまごを塩焼きにしてあげるって・・・!!

恵子さんとも30年振りだし、だんな様とは一度もお会いしていなかったのですが・・・。
なぜか不思議に遠慮しないで、寄せていただこうかなってふ〜っとその気になって・・・。
ホームページをつくってくださった岡本正尹夫妻と主人と四人で、なんのためらいもなく寄せてもらおうってことになって・・・。

ゆうべは激しい雨が降りました。朝になったら、カラッとあがっていて、青空がでていました。
雨でも決行ですって・・・。やさしい詳しい地図も、ワクワクするようなユーモアいっぱいの気楽な案内状もなんどもいただいていて、今日がその、楽しみの約束の日だったのでした。

場所は奈良県香芝市の二上山の麓の二上駅の近くです。驚いた事に地図を見ると私たちが古くから親しく仲よくしていただいている大好きなあの三岡さんご夫妻の家のすぐご近所だったのです。

三岡さんは去年の春に吉野の山桜を一緒に見に行きましょうって、始めて主人を外に連れ出してくださった恩人の御夫婦なのです。 奥様の喜久野さんはくも膜下出血されて、何度も大手術をされた後、だんな様の看病のお陰で奇跡的な回復をされて、車椅子で我が家にも何度もお見舞いに来ていただいたのです。
その三岡さんのお宅から10分もしないところに来ていて、お知らせしない手はないからって、
お電話するというと、(是非、是非その三岡さんもご一緒に!!!) って言って貰ったから、電話でおい
すると・・日曜日だったから、すぐにこられて・・総勢八名の・・そりゃあ・・めちゃくちゃ楽しい大パーティになったのでした。

三岡さまは勿論、奥様のきくのさんはもうわたしの尊敬する大好きな女性です。不自由な車椅子生活になられたのに、とっても明るくて、だんな様のことを、(この人は神様みたいな人でっせ! 日本一の主人でっせ!)って笑って
言われるのです。それに私の事を大事なきょうだいだっておあいする度に、いっつも言ってくださるのです。それに実際にこのご主人様がお忙しいお仕事に加えて、奥様の看護介護を全部なさってこられて・・・おくさまを元気にした、わたしにとっても、尊敬する神様みたいなお人なのです。
はじめの三年間は奥様も真っ暗闇だったんですって・・・。

この恵子さんも・・・もう10年以上前に同じくも膜下出血されて、きくのさんと同じ病院だったって・・・。何たる偶然なのでしょうか。恵子さんは奇跡的な回復をされて、いま週に二日介護のヘルパーさんのお仕事をされているのですって!!そんなこんなで・・・話題が共通して。 それに、岳ちゃんっていう可愛いワンちゃんがいて、正尹さんちのハナちゃんとよく似ていて、フータロウの話もでて・・・。よしこちゃんと恵子ちゃんもとってももりあがったのです。正尹さんとだんな様は深山幽谷に入っていく話も盛り上がって・・・。

そして、このあまごのことです。
この恵子ちゃんのだんな様は、ただものじゃないのです。あまご釣りの大名人だったのです!!
一年間に400匹ですって!! それも三年ものの、尺寸ものっていって、すっごくでっかいのは・・・なんと、山奥の瀧を二つも越えた所まで登っていくのです・・・て!!  ちっちゃいのは、飴炊きとか、燻製にするのですって。 その、燻製をまえに送ってくださったこともあるのでした。

(そりゃあ・・あまごさまの供養塔を建てないといけないくらいよ!!) って奥様の恵子さんの弁でした
(笑)

それで、このお庭のバーベキューの本格的なこと!!  すばらしい手作りのレンガと木枠のこんろに
備長炭で、この尺寸ちかくあるおおきな美しいあまごを すばらしくきれいに串刺しにして、じっくり
ていねいに見事に焼いてくださるのです。ちょうど焼きあがってきたころに、三岡さんが車椅子を持って、いらして、この串に刺さったみごとなあまごをみんなでどんなに美味しくほおばったことでしょうか。

そのあと、お肉にシーフードにお野菜たっぷりを、立派なみごとな鉄板の上で、薫りよくバター焼の第ニラウンドでした。
この恵子さん御夫婦はバーベキューパーティが慣れてらっしゃるのか、とっても手馴れたようす、
タイミングよく、あれこれとすすめていただいて、もうみんなで、楽しく美味しく、喋って、飲んで、笑って、どんなに楽しかった事でしょう。 始めて会ったとは思えないくらいに、なんかずう〜っと昔から知っていた人たちのように・・・なんの壁もなく・・ワンちゃんの岳ちゃんも一緒に仲よく溶け込んで
美味しい、楽しい、あったか〜い、忘れられない あまごの串刺し初およばれの会となりました。

そのあと、ざっと片付けて、お部屋でお茶をごちそうになっていたときに、恵子さんが、(あのあとすぐに、新聞が契約切れになって、毎日新聞に変ったのだけど、ちょっとタイミングがちがっていたら、あの新聞は見なかったら、このご縁はなかったから、不思議なのよね〜。)って言ってくれました。 帰りに一足先に帰られた三岡さん宅にも、約束していたから、たち寄って、またたのしく大笑いして、お茶をいただいて、きくのさんから、よしこちゃんと、私に、すばらしいお土産まで頂戴して、家に帰ってきたら、さっそくご主人様から、メールが届いていていました。

(たくさんの感激をありがとう。また、すばらしいおともだちがふえました。ほんとに楽しい1日でした。みんないい人ばっかりで、生きててよかった。もっと、もっと長生きして、もっともっと語りあって、もっともっと笑って楽しみましょう・・・他)書かれてありました。

ゆうべ雨が降った時に、下の地がぬれると座れないからって、テントを貼っての準備をして下さっていたと聞いて、一度もお会いした事もなかった私たちの為に、こんなまごころのおもてなしを用意してもらって、・・・。私たち皆で帰り道も感激しっぱなしの一日でした。楽しかったなあ・・・。

帰りには、大好きなコスモスの花をいっぱい切ってもらって・・・、それにびっくりするくらいに美味しい、おいしい!! 当麻名物の中将餅っていうかおりいっぱいのよもぎもちの お土産まで いただいて、帰って来ましたのです。 もうこんなすてきな、楽しい一日をさずかって・・・。 忘れられない感激をシェアしたくて、一気に書きました。
2002年10月16日投稿・・
一週間ほど前に急に姉のまこちゃんが、電話で(たーちゃん、仲良しのくりとだんな様、それにデボラとスタンと、妙高パインバレーに行くのだけれど、一緒にいかない?)と誘ってくれました。

まこちゃんの次男の伸ちゃん一家がいて、孫たちにも会えるし、何より、だんな様のごっしゃんが亡くなられて、寂しいまこちゃんをみんなでなぐさめようっていうサプライズ旅の話でした・・・。お一人行けなくなって、あきがあるので、ぜひたーちゃんが行けば皆が喜ぶのだけど・・・て言うニクイ誘い言葉だったのでした。

(えー?嬉しいけれども、ついこのあいだ白馬に行ったところだし、お父さんを一人置いてまただなんて・・・わたし言えないわ。) ッテ言ってたら、そのお父さんが、ターコ行ってくればいいよ. と勧めてくれたのです。(本音なのかなあ・・・)

ほんとはそれどころじゃない。いろいろ悩み事、苦しみ事もいっぱいあるのです・・。
ダケド・・・此の際、悪役もして、思い切って父さんに甘えていってこようかな!?なによりメンバーが素敵なのです。大好きな人たちなのです。それに、スタン、しんちゃん、そして、くりのだんなさまがゴルフをするから、是非たーちゃんもしてほしいって!?え〜?エ〜?もう7年くらいも全然していないのに・・・。そんなん出来るのだろうか? (たーちゃん、英語喋るし、くりのだんなさまはKGのクエストクラブの先輩だから、たーちゃんが一緒だと喜ばれるよ。)  そんなこと言われると・・・(これってご縁なのかなあ〜?)ってすぐ勝手な思い込みが始まるのです。

それで、(そうや、これって、きっとあのごっしゃんが、ニコニコ笑ってアレンジしてくれたのかな)っても思えてきました。 一番行きたかったのはごっしゃんの筈でしたから。あんまり心配しなくてもいってきたらいいかな??

さっそく、おとうさんと、(一回打ちっぱなしに行ってみようか?)ってさそうと、(行こう!!)ですって、眼パチクリ!! そして、あんなにゴルフはもう出来ないって決め込んでいた人が・・ピッチングから、9番から、打ちはじめたのです。足はフラフラでしたが、だんだん根性が入ってきて・・・。五番ウッドまで。(父さん、打ててるやんか・・・!)昔とった杵柄ね。 一番得意だった事ね。今日は・・・期せずして、体育の日だったし、私たちの結婚記念日だったのでした。ごっしゃんが、(たーさん、よかったな!)って言ってくれて、あの笑顔が見えたような気がしました。そりゃあなによりごっしゃんがきっと一番喜んでくれているって思いました。

人生、時々悪役をするほうがいいこと来るな・・・って感じることがあります。そんなに行きたいっおもったわけでもなかったし、ゴルフは勿論自信もないのです。でも・・・おとうさんには、なんかいい起爆剤になったかな?!また打ちっぱなしに行こう!ですって。

このあいだ、わたしのとってもたいせつなメール友だちが・・・ 
(人生って片手に悩み、もう片手には苦しみをさげて坂道を歩いて行くのですね・・。お母ちゃんが、いつも言ってた口癖です。
「なぁ**子、人間は一年の内に、三日(みっか)今日はええ日やったな〜って言えたら
バンザイの人生やで、後の苦労はその三日でけすんや」
お母ちゃんの顔が浮かびます。)  

って書いたメールが届きました。若い頃と違って、この歳まで生きてくると、みんな重ねた人生の塵も垢も積って・・・ いっぱいたいへんなことが押し寄せてくるのですね。 大事なお友達も逃げないで頑張っているって知って、いっつもその人からも勇気をいっぱいいただいています。

このあいだから、思いがけないいい日をいっぱい授かってきたから、あと残りの日々・・・たいへんです。うちのおかあちゃんも、いつも昔から言ってた口癖です。(なあ・・・たーちゃん、苦あれば楽あり、楽あれば苦ありやで!)って。でも、厚かましくも行って来るね。すぐに帰ってきます・・・。


今日はいい日だったなあ・・・!! って日がほんと、一日でも多くありますようにと祈っています。
2002年10月09日投稿・・
金木犀のかほりも,はやどこかに飛んでいってしまって、秋が駆け足でやってくる気配です

10月5日と6日に長野県白馬に行ってきました。もう足掛け40年にもなる長いつきあいの、 宝物のような仲良し仲間たちがいるのです。関西学院大学のESSの同期の仲間会です。

今年は白馬にある素敵なプチホテルを借り切って、関西からは貸切バスの旅行でした。
東京からは車や新幹線で・・・。四国の松山、それにハワイからも飛行機で二日間の仲良しタイムを共有したいという心で、 集まった総勢29名の同窓会だったのでした。

行きのバスのなかで、その松山からの人の言葉がこの会を象徴しているって思いました。
それは、(僕はね、金魚みたいな生活をしているんだよ。  こんな時代だから・・・たいしたこともできないから、長年溜まった垢とこけを食べて生きているんだよ。(すてきな表現でしょう?)

そんな中で毎日どうしたら、言葉と行動で人を動かす事が出来るか・・・。 日々の仕事を通じていかにして人を動かす事が出来るだろうかって考えているけど・・・。

この41会は毎年こうしてみんながなんの利害関係もなく一年に一回の七夕モードで・・・。
黙っていても、言うなれば童貞と処女の心のままで・・・自然とこうして集まってくるから不思議なんだよね。 これはすばらしい夢の世界で、ボスの人徳でもあるとおもう。)って言いました。

この会のユニークで素晴らしいキャラクターの人たちのことはそのうちいっぱいいっぱい紹介させてください。 わたしがこんなホームページを持つようになったきっかけも、こうして今自分があるのもみんなこのフレンドシップが原点であると思っています。

この・・・・絵をひっぱりだしてくれたのも、こんなページで自分のこころをシェアーしたいっていうきっかけになったのも、 いろんな哀しみ苦しみを超えてくることが出来たのも・・・みんなこの友人たちを含めた、大事なお友達のおかげさまだったのです。

今回このKGESS41会でたーちゃん・・・・絵を刺繍でいれたおそろいの三色のトレーナーまで作ってもらって、大好評だったのでした。 いづれそんな話もいっぱい絵の説明文でも紹介させてください。

では今日はこのくらいで・・・いづれユニークで愉快なものがたりをたっぷりと書かせていただきたいとおもっています。
2002年10月2日投稿・・
  今日は2002年10月1日です。今日からまた、縁あって、たーちゃんのお部屋というホームページが再開したのです。 いつかはこんなことになるのかなとぼんやりと考えていたのですが、こんなに早く授かるとは正直思ってもいませんでしたから、 びっくりしています。

  この六月に閉じたホームでは自分なりにとってもたくさんのことを表現したのでした。今回はそのつづきとなると、 あれこれ弱い頭をめぐらさなくてはなりませんから、もうまったくすべて忘れてしまって,また心機一転して、この場で、 私なりに感じた事を何でも正直に、素直に表現していこうと・・・。(そうしたらええねんで! )って企画者の正尹@絵師も言ってくだ さっていますので。

  今この歳になったから、こんな場をさずかったから、このさい自由に表現したいな、こんなことも言えたらいいな、 ってことを描いてみたいなって思いました。

  この十年間に主人が二度のガンの手術をしたのですが、二度目の手術以降は夫婦でもう大変な体験をしてまいりました。 事実は小説よりも奇なり。ってほんとに言いえて妙です。表現できないくらいに壮絶な体験だったのでした。若い頃から考えてきたことは、 もう錯覚がいっぱいだったなと、こうして体験してわかったことがたくさんありました。

  一番大きかった錯覚は、女の人のほうが、男のひとよりも、ずっとずっと逞しくって、強くって、 哀しい位にしたたかものだったってことでした。どうして、こんなにいっぱい体験したのだろうか・・・??
  それはきっと、それだけ豊かに、優しく、賢く、逞しく、なれよ・・・ってことだったかなと思います。
正尹@絵師が名づけてくださったタイトルとおりに・・・。
それにまた、こんどHP授かった時には・・・女の人たちの優しい、賢い、逞しいすてきな智慧いっぱいのお多福さん賛歌って 副題つけたらいいなあって思っていたこころと不思議に合体したのです。


  今日はおついたちでした。主人が大手術してからのこの六年間毎月かかさず、 お参りしている奈良の桜井にある三輪明神大神神社にいってまいりました。松の馬場のニの鳥居のところにある掲示板には、 ( わが心、清め清めて、よく見れば、まことは神も 我が心なり )橘弘政 心の百首 と書かれてありました。


  かなしいこと、くるしいこと、つらいこと、どれだけとおっても、まだまだ、なかなか清め清めて・・・とはいきませんが、 この三輪山でたくさんのことを授けていただいてきましたこと感謝して今日も又嬉しい心で帰ってきました。
  学問と智慧の神様のところで、絵馬に墨でwww.ta-chan.com と大きく書いてこれからの発展感謝祈願で笑顔で吊るしてきました♪  色つきドラッグ絵も描きたかったです。
じゃあ・・・今日はこれくらいで・・・。
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